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2012.05.14 秦兼久の悪口
原文
今は昔、治部卿通俊卿、御拾遺を撰ばれける時、秦兼久行き向ひて、「おのづから歌などや入る」と思ひてうかがひけるに、治部卿出でゐて物語して、「いかなる歌か詠みたる」といはれければ、「はかばかしき候はず。後三条院かくれさせ給ひて後、円宗寺に参り候ひしに、花の匂いは昔にも変わらず侍りしかば、つかうまつりて候ひしなり」とて、「去年見しに色もかはらず咲きにけり花こそものは思はざりけれとこそつかうまつりて候ひしか」といひければ、通俊の卿、「よろしく詠みたり。ただし、けれ、けり、けるなどいふ事は、いとしもなきことばかり。それはさることにて、花こそといふ文字こそ女の童などの名にしつべけれ」とて、いともほめられざりければ、言葉少なに立ちて、侍どもありける所に、「この殿は大方、歌の有様知り給はぬにこそ。かかる人の撰集承りておほするはあさましき事かな。四条大納言歌に、春来てぞ人も訪ひける山里は花こそ宿のあるじなりけれと詠み給へるは、めでたき歌とて世の人口にのりて申すめるは。その歌に、『人の訪ひける』とあり、また、『宿のあるじなりけれ』とあめるは。『花こそ』といひたるは、それには同じさまなるに、いかなれば四条大納言のはめでたく、兼久がはわろかるべきぞ。かかる人の撰集承りて撰び給ふ、あさましき事なり」といひて出でにけり。侍、通俊のもとけ行きて、「兼久こそかうかう申して出でぬれ」と語りければ、治部卿うちうなづきて、「さりけり、さりけり。物ないひそ」と言はれけり。

現代語訳
今となっては昔のことだが、治部卿通俊卿が「後拾遺和歌集」をお撰びになったとき、秦兼久が出かけて行って、もしかすると自分の歌が「後拾遺和歌集」に入るだろうかと思って、ようすを伺ったところ、治部卿が出てきて兼久に面会して話をして、「どのような歌を詠んだのか。」と言われたので、兼久は「これといった歌はございません。後三条院がお亡くなりになった後、円宗寺に参詣しましたときに、花のつややかな美しさは後三条院がいらっしゃった昔と変わりませんでしたので、歌を詠み申し上げましたのです。」と言って、「花は去年見たのと色も変わらず美しく咲いたことだなあ。花というのはもの思いをしないものであるなあ。とお詠み申し上げました。」と言ったところ、通俊卿は「まずまずうまく詠んでいる。ただし、『けれ』『けり』『ける』などという言葉は、あまりよくない言葉である。それはそれとして、『花こそ』という言葉は少女の名にするのがよいだろう。」と言って、あまりおほめにならなかったので、兼久は言葉少なに座を立って、家来どものいた所へ寄って、「ここの殿は、全く歌のようすをお分かりにならないのだろう。こういう人が、撰集をお引き受けなさっていらっしゃるのはあきれたことだ。四条大納言の歌に、春が来て人も訪れるこの山里というのは、花こそが宿のあるじであるのだなあ。と詠みになさったのは素晴らしい歌として、世間で評判申し上げるようだよ。その歌に『人も訪ひける』とあり、また、『宿のあるじなりけれ』とあるようだよ。『花こそ』と言ったのは、それとは同じ様であるのに、どうして四条大納言の歌は素晴らしく、兼久の歌がよくないのであろうか。このような人が撰集をお引き受け申し上げてお撰びになさるのは驚きあきれたことである。」と言って、出て行ってしまった。家来が通俊のところへ行って、「兼久がこのように申して出て行きました。」と話したところ、治部卿はうなずいて、「そうだった、そうだった。それ以上は言うな。」と言われた。

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